令和8年度砺波支部総会は、6月20日㈯に「草の家」に於いて43名が出席し開催されました。
開催にあたり、金井正信支部長、忠田憲美同窓会長、辻ゆかり学校長から挨拶いただいた後、⑴令和7年度事業報告及び収支決算報告、⑵令和8年度事業計画及び収支予算書(案)、⑶会則の一部改正(案)が審議され、いずれも満場一致で承認されました。
続いて行われた恒例の会員スピーチは、前砺波高等学校長の中村謙作様(高35回)から斬新な切り口で「砺高生の想い ~生徒会誌から垣間見る昔と今」と題しての講演がありました。
『砺高生達へ』と題した講演資料は、母校のホームページ校長が生徒に伝える『校長室より』(講師が母校の校長3年間在任中10回にわたり、生徒のために自分の思いを寄稿)等から抜粋されたもの。
「生徒会誌」は、令和6年2月第七十号に寄せて、『卒業式の日の空』の寄稿に、大正から令和まで紹介。参加者はスクリーンを注視し、先生の説明を聞き漏らさぬよう、集中して聴講しており、また、母校から借りてこられた「生徒会誌」2冊の回覧にも、多くの人が興味深く見入っておりました。
貴重な講演に出会い、講師の深い母校愛・砺高生愛に触れた思いです。
懇親会は、ご来賓や講師を囲んで、和やかな中に歓談を楽しみ、大いに親交を深め合いました。
(事務局長 長井 宰)
5月31日、富山県立砺波高等学校第36回定期演奏会が開催されました。百年史によると吹奏楽部の歴史は昭和32年ブラスバンド部創設にはじまり、1991年に第1回の演奏会を開催して以来、現在のスタイルになったのは2004年からとのことです。
740名あまりの観客を魅了した後、同会場で吹奏楽部OB会が行われました。
金沢大学理工学域数物科学類4年
樽見謙伸 TARUMI Kenshin (高75回)
私の大学生活は、野球と研究を通して多くのことを学び、自分自身の可能性を広げることができた時間でした。
私は大学でも野球を続け、大学野球に打ち込んできました。高校時代にご指導いただいた杉森先生からは、野球の技術だけでなく、「当たり前のことを当たり前に続けることの大切さ」や「最後まで諦めずにやり抜く姿勢」を教えていただきました。その教えは大学でも私の支えとなり、苦しい練習や思うような結果が出ないときでも、前を向いて努力を続ける原動力となりました。
大学野球では、高校までとは異なるレベルの高さを実感し、自分の力不足を感じることもありました。しかし、仲間と支え合いながら一つの目標に向かって努力した経験は、勝敗以上に大きな財産になっています。
また、大学では新たな学びとの出会いもありました。現在は、ヒストンH3.3というタンパク質と老化との関わりについて研究を始めています。まだ研究は始まったばかりですが、高校までの「答えのある学び」とは異なり、自ら問いを見つけ、その答えを探していく研究の面白さを感じています。
大学生活を通して感じたのは、大学は単に知識を身につける場所ではなく、自分の世界を広げる場所だということです。私自身、大学野球を続けたいという思いで進学しましたが、その中で研究という新たな興味にも出会うことができました。
これから進路を考える後輩の皆さんには、偏差値や大学名だけで大学を選ぶのではなく、「自分がどのような大学生活を送りたいのか」を大切にしてほしいと思います。将来の夢がまだ明確でなくても、大学での出会いや経験が新たな目標につながることがあります。ぜひ、自分が本気で打ち込める環境を選び、さまざまなことに挑戦してください。その経験は、きっと皆さんにしかない財産になるはずです。
富山大学医学部医学科4年
森田 愛生
MORITA Ami(高75回)
私は医学部医学科4年生で、現在は臨床医学を中心に学習しており、大学では管弦楽団に所属しています。中学の吹奏楽部から数えて10年、学業と並行して音楽活動に取り組んできました。
吹奏楽やオーケストラは、決して1人では成立しません。より良い音楽を作るためには、団員同士の信頼関係が不可欠です。演奏の中で周囲の音に耳を傾け、異なる楽器で1つの音楽を作り上げる経験は、将来医師として働く上でも重要な糧になると信じています。医師もまた、様々な背景を持つ患者さんや多職種と関わり、コミュニケーションをとります。音楽活動を通して、医学の勉強だけでは得られない対話を学ぶことができました。
学業と音楽活動の両立について「大変ではないか」と問われることもあります。確かに、試験期間と演奏会が重なる時期などは、忙しく感じることもあります。しかし、そんな日々を乗り越えられてきたのは、砺波高校での経験があったからです。勉強も部活動もどちらかに絞るのではなく、その両方を大切にしながら、3年生の夏まで部活動をやり抜いたという自負。母校で培った「文武両道」の精神があるからこそ、今の忙しさも自分らしく楽しむことができています。
将来は、生まれ育った富山の地域医療に貢献できる医師を目指しています。これからも目の前の学びを大切にしながら、自分なりにできることを一つ一つ積み重ねていきたいです。
岩瀬 直人 IWASE Naoto (高67回)
■現職
一般社団法人イドウラボ 代表理事
関東富山県人五箇山会
キトキトラボ 副幹事
AI導入支援を手がける東京の企業に勤務
東京の企業で働きながら、南砺市で公共交通の実証実験に取り組み、同郷の仲間が集う県人会でも活動しています。「育った場所から選択肢が失われるのは寂しい。できることから少しずつでも力になりたい」そんな思いを軸に、東京と富山で活動をしています。
■故郷との再会
南砺市上平地域の出身です。家業は合掌造り集落を訪れる国内外の観光客をもてなす仕事で、子どもの頃から手伝ってきました。
県人会との出合いは学生時代。東京・文京区の寮「石川富山明倫学館」に住んでいた頃、近くの白山地区に東京富山県人会連合会の事務局がありました。同じ五箇山出身の東豊昭さんとのご縁で行事に呼ばれ、手伝ううちに、就職後も自然と関わり続けるようになりました。
今は関東富山県人五箇山会の一員として、こきりこや麦屋節といった五箇山民謡を、有志とともに各種イベントで披露しています。「東京で多くの人に五箇山の魅力を伝え、“知る・訪れる・住む”きっかけをつくりたい」── それが活動の原動力です。
■地域交通への挑戦 ~地域に新しい交通の形をつくる~
人口減に直面する故郷の交通課題にも向き合っています。数年前から、南砺市で公共交通の実証実験を行う一般社団法人「イドウラボ」に参加し、現在は代表理事を務めています。
目指すのは「地域に新しい交通の形をつくる」こと。地域・観光の両面で持続可能な公共交通の姿を探るため、国や県の実証事業を、地域に暮らすパートナーと一緒に進めています。地元と駅をつなぐバスのおかげで遠方の高校に通えた自分自身の経験も、原動力のひとつです。
「高齢者も子どもも、移動手段がなくなれば暮らしの選択肢が狭まってしまう。自動運転技術の急速な進化も見据えながら、地域の皆さんの声を聞いて事業を企画していきたい」と考えています。
■東京から、故郷と関わり続ける
大学進学を機に東京という場所を選び、今もここで働いています。でも、一度土地を離れたからといって、故郷にまったく関われない── そんな時代ではなくなりました。
さまざまなテクノロジーが登場し、同じ時間でできることは、確実に増えています。やるべきことをやれば、可能性が大きく広がる。実際に私自身、東京にいながら、地元の街づくりを地元のパートナーと一緒にやらせていただいています。会社勤めと複数の活動を両立できているのは、続けるなかで出会えた仲間と、AIなどのテクノロジーが、それを可能にしてくれているからです。
だから、どこにいても、何をしていても、自分が思いを持つ事柄に向き合い続けることはできる。私はそう実感しています。
■最後に
最後に、皆さんに伝えたいことがあります。
大事にしていることを、細くてもいいから行動にしてみてください。そうすると、不思議と応援してくれる人が現れます。私自身、まだ何かを成し遂げたわけではありません。けれど、続けているうちに、それが誰かの後押しになり、「一人ではなく、みんなで取り組もう」というチームが少しずつできてきました。
今、大事にしていること。あるいは卒業を機に、新しく大事にしたいと思えるものが見つかったとき。── どうかそれを、就職をきっかけに手放さないでください。続けてほしいんです。
その積み重ねが、いつか皆さんの人生を照らし、日本を照らす大きな燈になると、私は信じています。
畑 和史 HATA Kazufumi (高67回)
■現職
畑総合個別指導学院 代表取締役
LIFE DIVIDENT 代表取締役
株式会社シエルビー COO
株式会社村田製作所
現在、教育事業とSNSマーケティング事業の2社を経営しながら、大手電子部品メーカーで会社員としても働いています。「教育 × ビジネス × 実社会」すべての現場で挑戦し続けています。
■塾事業~"成績”だけでなく“人生”まで伸ばす教育~
2016年に富山で塾講師として教育の世界に入り、2017年に家庭教師事業を立ち上げ、2025年にはオンライン塾と店舗型塾の開校とともに会社を設立しました。
私の理念はただひとつ。
「関わった生徒の人生を、確実に好転させる」こと。
これまで600名以上の生徒を指導してきましたが、そこで確信したことがあります。
伸びない子の多くは才能がないのではなく、「正しい勉強の戦略」と「計画の立て方」を知らないだけ だということです。
だから私の塾は、教科指導だけでなく、勉強計画・学習戦略・自己管理・人生設計までサポートする塾です。
努力が結果に変わる瞬間、合格通知を握りしめて泣く生徒、感謝を伝えてくれる保護者。
その一つひとつが、私の原動力です。
教育はただ勉強を教える場所ではありません。
人生の軌道を変えるための“起爆装置”です。
私は、そのスイッチを押せる存在であり続けます。
これからも多くの子どもたちの未来に火をつけていきます。
■SNS事業
2025年からは新たな挑戦としてSNS事業もスタート。
旅行系インフルエンサーとしての発信に加え、企業のX運用代行やコンサルとしてマーケティング支援にも携わっています。
挑戦する人が評価される社会をつくる。その想いで活動しています。
https://www.instagram.com/hachidsj_3129/?hl=ja
■今後の展望
旅行インフルエンサー活動の中でフィリピンに訪れる機会がありました。
そこで東南アジアで働く若者の賃金の低さを目の当たりにしました。その一方で日本には人手不足の業界がある現実を知りました。
であれば、日本社会にも、海外の若者にも価値のある形で繋げればいい。
2026年は外国人向け就労サポート事業を立ち上げ、人生を変える“架け橋”をつくります。
■最後に
なりたい自分になれるのは、「本気でなろうと決めた人」だけです。
挑戦は恥ずかしいことじゃない。
行動しないまま終わる人生の方が、ずっと怖い。
私は挑戦し続けます。
そして、挑戦する人の背中を全力で押し続けます。
後悔のない人生を、一緒に掴みに行きましょう。
次回は、同期の岩瀬さんにバトンをつなぎます。